環境科学会 会長あいさつ

第17代環境科学会会長を拝命致しました藤倉良と申します。会長就任にあたり、ご挨拶申し上げます。

私は自らの経験や学習から、過去半世紀の日本には3つの環境問題の波が来たと考えています。
最初の波は1960年代から70年代にかけての産業公害と生活排水による生活環境の汚染でした。四大公害や自動車排ガス、河川の汚濁が市民や政治家に広く知られ、公害への認識が高まりました。1970年には公害国会が開催され、1971年には環境庁が設置されました。その後、公害対策や下水道整備が進展して、殆どの地点で大気や水質の環境基準がクリアされるようになりました。
その結果、昭和56年度(1981年)環境白書が「環境汚染は一時の危機的状況を脱するとともに、経済が安定成長へ移行する中で省資源・省エネルギ―も進み、環境汚染は全般的には改善傾向を示すこととなった」と記述するまでになりました。問題が落ちついてきたと認識される中で、市民の環境に向けられる関心も低下してきたことは否定できませんでした。
第2の波は1980年代後半から1990年代にかけての地球環境問題に対する意識の高まりです。1987年にオゾン層破壊物質を規制するモントリオール議定書が採択されました。1992年にはリオデジャネイロで地球サミットが開催され、同会場で気候変動枠組み条約と生物多様性条約に各国代表が署名しました。日本では地球サミットの成果を受けて、1993年に環境基本法が制定されました。また、日本はODA(政府開発援助)では1989年からアメリカを抜いてトップドナーの地位を10年間維持していました。実施されたプロジェクトの多数が開発途上国の環境改善を目的としたものであり、日本の環境援助が世界の注目を集めていた時期でした。
しかし、1997年のアジア通貨危機や2008年のリーマンショックによる経済の減速に伴い、環境問題に対する熱気も再び冷めました。ODAも1997年をピークに減少し続け、2001年にはアメリカに逆転され、2012年には米英独仏に次ぐ第5位にまで順位を下げました。2021年には米独に次ぐ第3位まで持ち直しましたが、それでも贈与相当額ベースでの供与額はドイツのほぼ半額に留まっています。
第3の波は現在です。2015年のSDGsやパリ協定の採択がきっかけでしょう。SDGsは小学生でも知る用語となり、マスメディアや街頭でSDGsのロゴを見かけない日はありません。ESG投資など、投資家まで巻き込んだ幅広い流れとなってきています。この熱気が再び冷めてしまうのか、それとも持続されていくのか。予断は許されません。
第3波がこれまでと異なるのは、問題解決への糸口が見えていないということです。第1波では、公害防止装置や生活環境インフラを整備することで公害問題は解決しました。第2波では、国際的なオゾン層対策が実質的成果をあげることができました。気候変動で被害が現れるまでにはまだ時間があると考えられていました。しかし、第3波になり、いよいよ気候変動の影響や生物多様性の減少が加速してきました。熱気が冷めても、取り組みを続けなければ、将来、大規模な被害が発生する事態は避けられなくなるでしょう。

世の中の関心は高まっていますが、以前ほど環境という言葉を聞かなくなったようにも思います。「持続可能性」に取って代わられたのかもしれません。けれども、環境科学の重要性が失われたわけではありません。むしろ、あらゆる活動に基盤情報を提供するという環境科学の役割はこれまでになく重要になってきたのではないでしょうか。第1波の頃、機関投資家が起業の環境負荷を考慮して投資先を決定するなどということは想像もできませんでした。現在では、企業は自社の温室効果ガス排出量に留まらず、生物多様性に及ぼす影響まで具体的データとして開示することが求められています。こうしたデータづくりに環境科学が不可欠であることは言うまでもありません。
市民には何が本当に「環境にやさしい」生活なのかを知らせていく必要があります。複数の商品やサービスのなかで「絶対にこちらの方が環境に良い」という選択肢はないでしょう。環境負荷については複数の評価項目があり、そのすべてで他に勝る選択肢はまずないからです。もちろん、商品やサービスの経済性や利便性、安全性も当然に考慮しなければいけません。そうした時に判断の手を貸すのも環境科学です。

環境科学会は文理を問わず幅広い分野の研究者、教育者、実務家の会員から構成される学会です。会員はそれぞれの分野で研鑽を積み、学術的貢献を目指しています。当会は会員をサポートするだけでなく、会員間のプラットフォームとして、高まる環境科学に対する社会的ニースに応えていくことが任務です。さらに、日々、広がり、かつ、深化しつつある科学知識を、市民や若い人たち、行政や企業に伝えていくことは、これからますます重要な仕事となることでしょう。そのためには、会員間だけでなく、会員外の方々との対話と連携を深めていくことが肝要です。私も微力ながら皆さまのお力を借りて努力してゆく所存です。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

第17代 環境科学会会長 藤倉良
(法政大学人間環境学部 教授)


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